加藤泰彦・吉村あき子・今仁生美(編)『否定と言語理論』(開拓社, 2010)

本書には記述的立場、理論的立場から現代英語、英語史における否定を扱ったさまざまな論考が収録されています。第1部は統語論、第2部は意味論、第3部は語用論という構成になっています。本書の統語論のパートに、初期近代英語期のコーパスであるLampeter Corpusにおける否定構文の分析結果を論じた論文を寄稿しました。書誌情報は以下のようになります。

書誌情報

家入葉子. 2010.「初期近代英語における否定構文――Lampeter Corpusの調査から――」 加藤泰彦・吉村あき子・今仁生美(編)『否定と言語理論』 pp. 211-33. 東京:開拓社.

Lampeter Corpusの否定構文

論文の要旨

 本論文では、Lampeter Corpus(University of Wales, Lampeterのパンフレット資料を編纂したコーパス)を使って、初期近代英語期の否定構文の変化を論じました。この時期になると多重否定はさすがに少なくなりますが、まだごく一部にnot … neither、never … noのような多重否定を見ることができます。
 論文では、Lampeter Corpusの5つの代表的なジャンルであるLaw, Politics, Economy, Science, Religion(他にもmiscellaneousがあります)の文体上の違いを明らかにするために、いわゆるno-negationの割合と否定文における助動詞doの広がりの度合いを調べました。no-negationについては、先行研究と合致するきれいな結果が得られ、比較的インフォーマルな文体で書かれていると考えられるscienceとreligionにおいて、no-negationの割合が低い傾向が見られました。religionに含まれる資料の半数近くが説教であり、そもそもジャンル的に口語的であること、scienceについては、初期近代英語期はまだ書き言葉としての性質が整備される段階にあったことが関係している可能性があります。
 否定文中の助動詞doについては、その広がりとジャンルとの関係をあまり明確に示すことができませんでしたが、その背景には、ジャンルよりもむしろ統語条件によってdoの導入の度合いが決まってくることがあるのかもしれません。否定疑問文と否定の条件文ではdoの導入が早く、一般に主節よりも従属節でdoの導入が早いことをデータで示しました。逆にdoの導入が遅いのは否定の命令文です。18世紀になると、doは広く浸透するようになりますが、Lampeter Corpusのデータでは、doを使用しないsay not型の否定文も一定程度観察することができました。コーパスの年代は細かく区分されていますが、本論文では、ある程度まとまったデータで全体像を見ることを優先し、1640年代~1660年代、1670年代~1690年代、1700年代~1730年代の3つの時代区分で、分析を行いました。

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